Pretty Greenファッション映画音楽

さらば青春の光ってこんな映画

さらば青春の光 [Blu-ray]
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旧友との再会を喜ぶのも束の間、そいつはロッカーズだ!

今更ながら、さらば青春の光のお話。モッズに傾倒する若者が、当時をどう生きたかという物語ですね。

40年も前の映画ですし今でこそとても古臭くやや冗長であるのは否めませんが、モッズ映画としては100点満点。当時のファッションや世相を知るには最高の資料です。

ちなみにリアム・ギャラガーの最もお気に入りな映画。

あらすじ

モッズに傾倒した若者は、ファッション、音楽、ドラッグに溺れる毎日。

主人公のジミーはモッズとして遊びに明け暮れるがどこか退屈な日々を送る。

敵対勢力ロッカーズとの小競り合いはついにブライトンでの暴動に発展。

現場にいたジミー達は逮捕され裁判にかけられる。親にドラッグをやっていたことがばれ、仕事はヤケになってやめてしまう。女は寝取られるし、宝物のバイクは事故ってオシャカ。

失意のまま暴動の舞台であったブライトンを彷徨うも、どこか色褪せて見えた。

そこで彼は偶然見てしまう。モッズスターであるエースが働いている所を。皆の憧れであるエースも裏ではただのベルボーイだったのだ。

何もかも嫌になったジミーはエースのバイクをパクって逃走、崖から投げ捨て青春そのものと決別する。(なんだそりゃ)

そんな映画です。

さらば青春の光とは完全なる邦題で、原題はquadrophenia(四重人格)。同名のThe Whoのアルバムからですが、つまりは何者にもなれない主人公を意味しているんじゃないでしょうか。

この映画は、思春期特有のこだわりや倒錯、あるいは青春そのものと決別する話だと私は思っております。そういう意味では「さらば青春の光」という邦題は非常にナイスです。

青春映画は山ほどありますが、この映画が印象的なのは自ら青春を終わらせる話という点。これから始まる青春、まだまだ続く青春、なし崩し的に終わる青春ではなく「青春との決別」なんですね。半ばヤケではありますが主人公の主体的な選択により青春が強制終了するという点に脱帽です。

モッズとは

ものすごくざっくり説明すると音楽とファッション文化。1960年頃音楽と服に没頭し、細身のスーツを仕立て、M51パーカを羽織り、ベスパを駆りクラブへ向かう。そんな今時の若者をモッズと呼んだのです。

モッズコート(モッズパーカ)というのはM51フィールドパーカの俗称で、モッズが好んで着ていたという事が由来。モッズのファッションアイコンではありますが、単にスクーターに乗る時スーツを汚さないために着ていたというのが定説。当時は米軍払い下げ品が安価で手に入ったようです。今じゃ考えられないですね。

主人公:ジミー

主人公ジミーはモッズに没頭する若者。他と同じであることを毛嫌いし、モッズ以外は全部クソだという偏った考えの持ち主。それなりに楽しい青春を送っているはずなのに、どこかスカッとしない日々。モッズとして一目置かれているわけでもなく、仕事は面白くない。家族は毎晩遊び歩くジミーにいい顔をしておらず折り合いが悪い。

いまいち人生が上手く行っていない、あまりに平凡な青年なのです。

モッズ最高、ロッカーズなんてクソくらえ、大人は何も分かっちゃくれねえ、そういう思春期特有の考え方で凝り固まったタイプです。

私は未だにそういう考え方の人間なので共感できます。

ジミーは訳もわからず孤独です。友人も家族も居て仕事もしていて、孤独なはずが無いのですが一人勝手に疎外感を感じて傷ついているタイプ。その背景には労働者階級の立ち行かない現実があります。どれだけ社会に反抗してみたところで、労働者階級から抜け出せるわけではない事を内心理解しているのです。労働者は一生労働者、イギリスの階級社会が重くのしかかります。

モッズスター:エース

そう悪くない時代、そう悪くない生活を送る若者たち

前提として1960年台のイギリスの若者はそこそこ裕福です。就職率は高く、ジミーのようなどうしようもない若者でも広告店で(つまらない仕事とはいえ)メールボーイとして働いているわけです。

それなりに余裕があるからこそモッズのような過度にオシャレな連中が登場したのですね。スーツを仕立て一日に何度も着替えていたと言いますから過度と言って良いかと思います。

労働者階級とはいえ、金に困ってるというほどではない。

そんな彼らの抱える閉塞感を理解する必要があります。ところで、ジミーがメールボーイでエースがベルボーイであるというのは何か意味を感じます。特別に見えるアイツも、自分と大して変わらないというような。

何者かになりたいという没個性

冒頭で再開した旧友はよりにもよって敵対勢力のロッカーズ。

人と同じだなんて真っ平だとジミー。

しかし、モッズもロッカーも関係ないと友人が言う。ロッカーズである友人の方が考え方は大人だった。

外野から見るとモッズもロッカーズもやっている事に大した違いはありません。服や音楽、バイクの系統が違うくらいで。でも本人たちにとっては「自分はあいつらとは違う」といった思いがあるわけで、そこが滑稽なポイントでもあります。誰しも思春期に同じようなことを考えていたのではないでしょうか。

ジミーと対比されるのはスティング演じるエース。高身長の金髪イケメンで一際目を惹きます。ファッションもスクーターもキマってます。

そんなエースに対してジミーは羨望や嫉妬というような感情があり、それを埋め合わせるように自分もファッションに没頭しますし、馬鹿な真似をして皆の気を引こうとしたりします。

対立は暴動に発展

ロッカーズとの小競り合いは臨界点を超え暴動に発展、数に物を言わせたモッズが勝利します。喜ぶのも束の間、まとめてお縄です。このあたりのシーンはこの映画における刹那のカタルシスで、ジミーの人生の最高潮。成人式で暴れる新成人の如く。

ロッカーズに勝利し狂喜乱舞。

敵をブン殴ってやった。店をブチ壊してやった。そんなつまらない事がジミーにとっては武勇伝なんですね。

何もしてない(何もしてないとは言ってない)

喜んだのも束の間、その場でお縄。

ロッカーズと一緒くたに護送されるシーンは笑えます。

始まる転落

暴動の結果モッズもロッカーズも逮捕され裁判にかけられてしまいます。エースは裁判においても伊達男で、75ポンドもの大金を「今払ってやるぜ」と小切手を取り出す。裁判そのものを虚仮にして、法廷のムードは最高潮。ジミーが「人生最高の日だった」と述懐するように、この瞬間こそがジミーにとって最高の「青春の光」、栄光なんですね。どんな形であれ社会に一撃を加えたわけです。

しかしこの日からジミーの転落が始まります。いつの間にか女は寝取られ、親には薬がバレて家から追い出され、仕事はヤケになって辞めてしまう。ジミーにとっての「最高の一日」も他の連中にとっては「ただの遊び」。

更には交通事故に遭い愛車はオシャカ。文字通り全てを失ってしまったジミーです。

失意の中、再びブライトンへ

失意のジミーは引き寄せられるように暴動の地であったブライトンへ向かいます。しかし何もかもが色褪せて見えました。海岸へ行っても、意中の女とファックした場所に行っても何もありゃしない。まさしく全てが夢のあと。

と思いきや、モッズ好みにカスタムされたバイクを見つけます。思わず引き寄せられるジミー。ああ、なんてカッコいいんだ・・・おや、よく見たらエースのバイクじゃないか。この後ろ姿がめっちゃ好きです。何故なら絶対に見てはいけないものを見つけてしまった後ろ姿なのですから・・・。

見てはいけないものを見てしまったジミー。
ヘマをしながらも懸命に働くエース。

彼が見てしまったのは、ベルボーイとして必死に働くエースの姿でした。皆の憧れ、圧倒的モッズであるエース。そんな彼も、昼間は単なる下っ端の労働者で上流階級にコキ使われていたのだ。なんてこった。これじゃあ自分とおんなじじゃないか。まさしく幻滅、理想が粉々に砕け散った瞬間です。

色んな想いが全部入りの「ベルボーイ!!」

そこで大絶叫。

ベルボーイ!!!!

で一体どんな想いが込められているのか。ふざけんなこの野郎!という感じでしょうか。いや、もっと深いでしょう。よくも裏切りやがったな!ぐらいの方が近く、全ての鬱憤が込みになっています。

勝手に憧れて勝手に幻滅するジミー。

現代日本の視点から見ると「ちゃんと働いてて偉いじゃん」というような感想ですが、ジミーにとっては違います。エースは憧れ、羨望、嫉妬を寄せたモッズのトップなのです。そんな彼のこんな惨めな姿を見てしまっては、もう他に何も信頼するものが無いのです。

所詮はベルボーイ、労働者階級からは抜け出せないという現実を突きつけられたのでした。

青春の終わり

そこでもうたまらなくなって、エースのバイクをパクって逃走。どこの国でも、馬鹿な若者は盗んだバイクで走り出すようです。そのままホワイトクリフの断崖に突っ込んで行く。

まさか死ぬ気か、ジミー!?と思いきや・・・

バイクを崖から投げ捨てます。

そしてボロボロになったバイクでfin。この映画はマジでここで終わりなのです。

他人のバイク投げ捨てるのかよ!でも、こうでもしないとジミーは決別できないんです。モッズと、青春と、若さそのものと。「若さゆえの過ち」と表するのは簡単ですが、彼のモッズへの思い入れは深かった。家族や仕事がいまいちだからこそ、モッズに没頭するしかなかったのです。

それほどまでに入れ込んだモッズなわけですから、その終焉にはこれぐらいが相応しいと思うのですが如何でしょうか。ちなみにジミーは死んだと思われがちですがちゃんと生きてます。冒頭で彼が夕日をバックに歩いている姿は、バイクを捨てた後です。

その後彼はどうなったのでしょうか。

おそらくは、ジミーが「なりたくなかった大人」になっているのだと思います。平凡でつまらない大人に。

でもそれで良いと思います。彼は青春を生きた。一瞬でも輝いたのだから。

さらば青春の光。

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