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うっせぇわが嫌いな理由

うっせぇわ
UNIVERSAL MUSIC LLC
¥250(2021/04/18 03:46時点)

皆さん「うっせぇわ」聴いてますでしょうか。近所の庶民的なスーパーでさえ流れていましたから、聴いたことがない人というのも珍しいと思います。

これだけ流行っているわけですから、何かしらの美点やインパクトがあって世間から受け入れられたのでしょうね。

でも私は大嫌いです。「好きではない」のではなく嫌いなのです。

とにかく痛いし、うるさいし、全然いいと思わないし、流行っている事が全然理解できません。好きじゃないのに色んな所で聞かせられてウザいというのが理由です。

「うっせぇわ」で検索すると何語目かに「嫌い」がサジェストされますから、私のようにネガティヴな印象を持つ方も相当数居るわけで。

例えるのなら、中学生がノートの隅に書いたポエム。それを見つけた先生は、あろうことか壁に貼り出してしまったのです。

それを嘲笑する人が居つつも、ある人が「これは逆にアリじゃね?」と言います。その声がどんどん大きくなり、いつしか皆んなが「これはアリだ」と言うようになりました。

ついには専門家まで登場して褒めちぎる始末。みんなその人気に便乗し、話題にしました。消費者の主体的選択によって、中学生のポエムは一大ムーヴメントになりましたとさ。

こんなものは本来、ボカロ系や歌い手とかいう素人のジャンルで慎ましくやっていれば良いんですよ。

どう考えても質は低いしダサいです。別に若者に迎合して褒める必要ないですよね?

みんな老害扱いされたり、時代遅れと思われるのがイヤなだけじゃないですか?素直に言いましょうよ、この曲はダサいって。

とにかく幼稚な音楽

音楽は芸術ですから、「分かりやすさ」と「分かりにくさ」の二面性を持ちます。

それでこの歌詞。思った事をただ口にしただけの作文ですよね。うっせぇわにはそれ以上の意味は無く、感情の機微などどこにも存在しないんですよね。ただの分かりやすい日本語の作文です。

そこにアニメのMV。何かキャラクターが世間に向かって不満をぶちまけるという。その表現として何かオフェンシヴな格好や表情をしていますよね。

で、その超分かりやすいキャラクターに超分かりやすい日本語の作文をわざわざ表示させるという。

これを聴いているようなリスナーは、そんな一から十まで説明したような音楽じゃないと嫌なんでしょうか。

分かりやすい日本語歌詞

分かりやすいアニメキャラ

これを合体させた分かりやすいMV

私はこんなものになんの芸術性も感じませんでした。リスナーがその音楽を咀嚼する余地など微塵も残されていません。

昔キモオタが西野カナをバカにして喜んでいましたが、この曲は同レベルかそれ以下です。

痛いしダサい

この曲の全てが痛くてダサいんですよ。歌詞は中学生の妄想、曲は素人のボカロ曲、歌唱は林檎の影響が強すぎるイタタな女の子、MVは歌詞が踊るいかにも子供が好きそうな感じ。

全体的に幼稚ですし、今でも全く良い曲とは思えません。

ニコニコとかボカロソング全盛期によくあった中二病ソングの一つという域を出ておらず、歌唱に関しては一聴して「ああ、また数年おきに現れる林檎のフォロワーか」と感じました。

別に椎名林檎が好きで、そんなふうに歌いたいというのは理解できますけど。ただあの痛々しい芝居はどうにかならないんでしょうか。単なる模倣だというなら別に否定しないんですけど。

椎名林檎に寄せようとしてトーンを落としたり、声を引き絞ったり、巻き舌にしたり裏声にしたりしゃくったり、そんなのは単なる臭い演技です。

信者は「Adoちゃんの声は変幻自在!表現力がある!」とか褒めちぎってますけど。それを上手いとか表現力があるとは全然思いません。

あれで20曲歌えるんだったらすごいフィジカルですけど。

ていうかAdoちゃんって。キモッ。

共感できない歌詞

これ、かっこいいですか?

正しさとは 愚かさとは それが何か見せつけてやる

【Ado】うっせぇわ

この曲の導入はこうです。世間やら社会やらに啖呵を切り、挑戦状を叩きつけるわけです。それで聞き手は「ほう、それなら聞いてやろうか」と引き込まれるわけですね。

それだけで何かしら物申したいという意図は伝わります。そのような叛逆が共感を呼ぶことはありますから、掴みはバッチリだと思います。

しかしその後に述べる「新入社員あるある」みたいなものがあまりにも幼稚すぎて、本人が主張するような天才性や優秀さがまるで感じられないのです。

最新の流行は当然の把握

経済の動向も通勤時チェック

純情な精神で入社しワーク

社会人じゃ当然のルールです

【Ado】うっせぇわ

今どき誰がそんなことを言うんですか?誰もこの人に対してそんな事言っていないと思うのですが。

斬りたい不文律があまりにも古臭く鋭い風刺と言えるような域に達しておらず、ただの自意識過剰です。

酒が空いたグラスあれば直ぐに注ぎなさい

皆がつまみ易いように串外しなさい

【Ado】うっせぇわ

この部分は別格におかしい。

だってリリース時はコロナ禍の真っ只中ですよ?

飲み会自体が壊滅状態ですし、人が串から外した焼き鳥なんかこのご時世は御法度じゃないですか?

しかもそれ以前から、飲み会のクソルールとか社会の不文律とかは減少傾向です。

作詞した人はよっぽど異常な企業に勤めていたか、もしくは働いたことがないのかな?と思いました。

調べてみると作詞作曲のsyudouさんは24歳。やはり社会を語るには経験不足じゃないでしょうか。

それならば内容にもう少しウィットが必要です。

まあそこに突っ込むのはいささか野暮だとは思います。大人が子供の気持ちで歌ったり、子供が大人の気持ちで歌ったり。異性の立場で文をしたためるなんて、紀貫之が土佐日記でやっていた事です。

女子高生が社会人の気持ちで歌うこともあり得るでしょう。

しかし経験の不足からか、歌詞にリアリティや説得力が無いせいでただの自意識過剰になっているんですよ。

社会の闇を斬りたいのなら、飲み会どうこうよりもクオカードの方が面白いと思います。

10代のリスナーは一体何に共感したのでしょうか。働いてもいないですし飲み会とか行った事ないですよね?親とか先生に対する不満に置き換えたってこと?

とはいえ「うっせぇうっせぇうっせぇわ」の語感が耳に残るのは理解できます。主に注目されたのはその部分でしょうし。バズを起こすには全体的な出来よりも、インパクトのあるワンフレーズが重要ですからね。トータルでの良し悪しは別として。

しかし残念ながら聴衆が見せつけられたのは正しさや愚かさなどではなく、思春期にありがちなガキ特有の全能感でした。

言うまでもなく、生きるのは大変です。飯食って、仕事や学校に行って、また飯食って寝るだけで精一杯です。

それでさえ困難な人だって居ます。

みんなそんな辛さや不安を噛み殺して何とか生きています。

しょうもないルールだとか不文律にいちいち反応して、批判して、自らの天才性をアピールしている暇などないのです。

そんな状況を変えたいのなら、自らが力を付けて変えていくしかないのです。

おそらくそんな苦労も知らないからこういう歌詞になるんだと思います。

Adoさんもsyudouさんも全く天才だとは思いませんが、裕福な暇人だとは思いますね。

何度も言いますが、しょうもないルールにいちいち突っかかっている人間は「反抗したいお年頃」なだけで、全く天才ではありません。

MVのダサさ

悪夢のようなダサさ。

これ、本当にカッコいいですか?このシーンとか悪夢としか思えませんけど。

この曲の主張は、普段は大人しい優等生だけど実は攻撃的で狂っているアタシが歌で世間を斬るって事ですよね?

いかにもナードが思いつきそうな設定です。

兎角オタク的な人はギャップのある自分に憧れがち。オタクだけど実は強いとか、オタクだけどキレたら怖いとか、オタクだけど実は不良とか。腐女子だけど実はお嬢様とか。或いはイケメンだけど実はオタクだとか。

言うまでもなく、現実には違うからそのような妄想に逃げるのです。

キレると怖い自分という妄想を具現化したイラスト。ヒャハハア!

それを体現したのが、この口が裂けたようなイラスト。実は狂っている、オフェンシヴな自分をアピールしているのです。

「ちっちゃな頃から優等生」である自分が、内に秘めたる攻撃性を「言葉の銃口」と化して発砲し狂気の笑みを零す・・・書くのが辛い。

というかですね、ボカロソングのMVって何故か大体歌詞入りなんですよ。いい加減、アニメの静止画に歌詞を踊らせたMVとかやめませんか?

MVがアニメーションでしかも歌詞が組み込まれていないと嫌だってリスナーが多いんでしょうか。

歌詞を楽しんで貰いたいという意図は理解できるんですけど、歌詞を音楽に合わせてガクガク揺らすのはただ痛いだけです。

クソダサい英字Tシャツと同じ理屈で、過剰な文字情報というのは大抵ダサいのです。

そもそもこれアニメーションと呼べる代物ではなくほぼ静止画ですし、一枚絵として見ても線が汚すぎます。素人が作った映像だというんなら凄いと思いますけどね。

ていうかアニメーションしてるのは「はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」の部分だけです。

これを格好いいと思う感性は極めてオタク的。

ファンの痛さ

【Ado】うっせぇわ

youtubeのコメント欄が地獄です。自称キレると手がつけられないキッズが大集合。弱い人間は怒ると怖い自分をアピールしがちです。

Adoちゃんとか言ってる奴ら

youtube外のフォーラムも覗いてみたんですが、「Adoちゃん」と呼ぶ方々が多数。私はアイドル的な音楽を聞かないので、シンガーをちゃん付けで呼ぶ心理が分かりません。

「女子高生シンガー」という部分に発情しているようにしか見えず、どうにも理解し難いのです。

ボーカルの顔や年齢や性別はスパイスであって、音楽の本質ではないと思うのです。顔公開を熱望しているファンが多く、どうにも私には理解できない感覚です。

今ならオロノがちゃん呼ばわりにブチ切れる理由が分かります。

「嫌なら聞くな」を行使したいのに

ここまで言うと、多くの人は「嫌なら聞くな」と思う事でしょう。でも音楽にはそれが通用しません。流れていれば自然と耳に入ってきますから。ただでさえうるさくて耳に障る曲ですし。

流行曲であるなら尚更。テレビを見ていれば流れていますし、スーパーの有線でも、ラジオでも、こないだは釣具屋で流れていました。

「嫌なら見るな」という論理は主体的に選択できるメディアにしか通用しないわけです。

その論理自体嫌いですけどね。自分で見聞きせずにどうやって評価しろと言うのでしょうか。私はよく知りもせずにただ批判をするという行為が嫌いです。

平沢進も有線放送でJ-POPが流れていると不快になるそうですよ。理由は「嫌いだから」。嫌いなものを聞かされて不快に感じるのは自然な反応です。

お前がうっせぇわ

多分、この曲が嫌いな人はみんなこう思ってるんじゃないでしょうか。

好きでもない、しかもうっせぇ曲を延々聞かせられるのはストレスです。ただでさえうっせぇ曲がどこ行っても、どこの局でも流れてるわけですよ。そりゃ嫌にもなりますって。

例えばニコニコ動画内部でのムーヴメントであるのならば、わざわざ聞きに行って非難することも無いわけで。

でもこの曲は内容とか曲自体の質の割に、必要以上に拡散されすぎたと思います。

ニュース番組で取り上げられた時、スタジオの白け方がものすごかったのが忘れられません。「え、これが流行ってるの?」みたいに大人たちが苦笑している姿が見るに絶えませんでした。

とはいえ、2010年代はジャニか秋元かエグザイル系のゴミ音楽ばかりがチャートインしていましたから、この手の意外性のある素人音楽がヒットするのは夢があって良いと思います。

多様性という意味ではこういった曲の存在は必要です。でももう少しだけ静かにしていただけると助かります。

こういう事を言うと、「人それぞれだろ!」みたいなことを言う人が多数居ます。

はい、人それぞれですね。そんな事は当然の前提条件です。「人それぞれ」の先に議論や批評があります。そんな事はあなた以外の人は最初から分かっています。

「じゃあお前は何を聞くんだ!」こういう風に憤る人も居ます。でも、それに答える必要は無いと思います。だって、何を言ったところで否定するのが目に見えてるじゃないですか。

それに、本当に好きなものというのはあまり他人に吹聴したくありません。自分の中で、そっと大切にしておきたいのです。エイデイ。

ハンバーガー理論

売れているもの=美味いものという理論。それは絶対に違いますよね。私はこれを「ハンバーガー理論」と呼びたいと思います。

売れているのが良いもんなら、世界一うまいラーメンはカップラーメンだ。

甲本ヒロト

売り上げや再生数がものも良し悪しを決定するわけじゃありませんよね。うっせぇわの再生数を誇る愚か者が多いですけど、江南スタイルは40億とかですよ。

これは持論ですが、私は本当に良いものはややマイナーな所に潜んでいると考えています。メジャーを批判するわけではありませんが、メジャーしか聞かない・知らないという感性は良くないと思います。

それは人の作り上げた感性に従っているだけで、自分の耳で判断している事にはならないからです。

自分で調べて、自分で聞いて、自分の感想を持たないと曲の良し悪しは判断できません。

音楽の価値は遅れて決定する

良いレコードというのはどんなに批判されても残っていきます。平気で何十年も残ります。

この曲が10年後も愛されて、人々の記憶に残り、ラジオで流れたり、誰かが口ずさんだり。

そうなっていたら、ある程度は客観的に「名曲」ということになるでしょうかね。まあ10年も要らないと思います。

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