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ギター映画音楽評

ボヘミアン・ラプソディがつまらない理由

皆さんもうボヘミアンラプソディは観ましたでしょうか。この間金曜ロードショーでやっていたぐらいですから、未視聴のファンもそろそろ少ないとは思います。

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ドキュメンタリーではなくヒューマンドラマ

制作が発表された段階で私はクイーンのドキュメンタリー、あるいはもっとリアリティを追求した話だと思っていたんですよね。でも蓋を開けてみると、フレディの一生を題材としたヒューマンドラマでした。まずそこで賛否が分かれた事でしょう。

知り合いのクイーン大好きおじさんも首を傾げていました。その一方で、クイーンを全く知らなかった若い女の子は「ボヘミアン・ラプソディ最高でした!ズンズンチャッ♪って曲(Another One Bites the Dust)が良かったです!」と大喜びしていました。この温度差こそが、この映画が巻き起こした賛否そのもの。

元来からのクイーンファンには物足りず、クイーンを知らない世代にはウケた。つまり分かりやすいエンタメとしては良くできていた、という事なんですね。

メンバーが全面監修したという事もあり、メンバー同士の掛け合いはかなりリアルだったそうですね。その辺りブライアン・メイも絶賛していましたし。実際ラミ・マレック以外のメンバーはそっくりでした。というかラミ・マレックのキャスティング自体にも賛否がありましたね。だってフレディの顔面パーツは中央寄りなのに、ラミ・マレックは離れ気味です。そのあたりメイクさんも苦労したんだとか。後半になると違和感も減ってくるんですけどね。

で、これらの事を加味するとやはりエンタメとしては良かったですよ。音楽オタク向けに必要以上に掘り下げずに、フレディとクイーンの出会い、転落、成功といった流れは特に良かったです。

しかしクイーンファンとしては、もっとコアな話を期待していたわけですね。曲が生まれた背景とか、歌詞の裏話とか。

日本人としては、フレディが来日したときのエピソードが欲しかったんですけどね。床に布団を敷いて寝るだけで大はしゃぎしていた事とか。まあそれはジム・ハットンとのお忍びでフレディの内面に深く関わる事ですから、クイーン映画としては趣旨が異なるかもしれませんが・・・。

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ちょっとテンポ良すぎ?

当然尺の都合もあるでしょうが、成功を掴むまでのテンポが良すぎた印象です。フレディの加入、レコード会社との契約、ツアーの成功とトントン拍子の出世です。もう少しデビューまでの苦労や葛藤の描写が欲しかったんですけどね。

調べてみると上映時間は134分。

平均的な尺に納めるには仕方のなかった事かもしれませんが・・・。

内容はファンであれば知っているような事柄が多く、本邦初公開みたいなエピソードは控えめです。もっとレコーディングとか演奏の事のシーンが見たかったんですけどね。だからボヘミアン・ラプソディの収録シーンとか、ジョン・ディーコンがAnother One Bites the Dustを弾き始めるシーンは良かったです。

まあ既存ファン向けというよりはこれからのQueenファンへ向けた映画にも思えますので、これはこれで良かったとも思います。

実際日本では若者世代を中心に第三次クイーンブームが起きましたしね。

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メインは人間模様

音楽的な話が控えめとなると、その比重はヒューマンドラマに寄ります。もちろんメインはフレディを取り巻く人間模様。

その内容が良くも悪くもめっちゃ分かりやすい。

フレディの葛藤と堕落、復活といった展開があまりにもスムーズなんですよね。フレディのセンセーショナルな問題を描ききるのは難しいとは思うのですが、もう少し物語に複雑さがあったほうが良いですね。

ただし「分かりやすさ」というのは美点でもあって、クイーンを全く知らない人が観た場合。すんなりと受け入れてストーリーを理解し、クイーンの素晴らしさというのが飲み込めるでしょう。ですから「クイーンなんて知らない」「名前くらいは聞いたことがある」ぐらいの人にはたいへんオススメです。

きっとこの映画を見てからクイーンファンになれると思いますし、私の周りにもそういう人が数名居ました。

見どころはジム・ハットン

良書、「フレディ・マーキュリーと私」。フレディ最後の恋人であるジム・ハットンの手記をまとめたもの。 言うまでも無くこの映画には何人かのゲイが登場するのですがジムハットンはフレディ最期のパートナー、フレディを看取ったのも彼です。

作中には「悪いゲイ」であるマネージャーのポールと、「良いゲイ」であるジムの分かりやすい二重構造があります。フレディを堕落に誘い独り占めにしようとするポールに対し、再起を支えたのはジム。もちろん脚色ありきでしょうけどね。

ジムハットンは途中フェードアウトして終盤に再登場するのですが、視聴者の誰もが安心した事でしょう。ハードな人間模様が描かれる中、ジムは非常に温厚で落ち着いたタイプの人間でした。

エキセントリックなフレディはジムの人柄に癒やされていたのではないかと、少なくとも映画を観た限りではそう思えました。

ポール・プレンターのクソさはガチだった

ちなみにポールはマジで嫌な奴だったと東郷かおる子さんが仰っていました。フレディのマネジメントをポールが担当するようになってからは、本当に連絡が取れなくなったんですって。

東郷:ポール・プレンターは、はっきり言って嫌な奴だったんですよ、悪いけど。

東郷:いやぁ〜本当にまいっちゃったんですよ。例えば、ライブ・エイドに出ようというのに電話を取り継がないとか、メアリーの電話を取り継がないとか──、だからきっと私の電話もああやって取り継がなかったんだろう!!って。

https://www.musiclifeclub.com/news/20190116_01.html

ですのでポール・プレンターのクソさについては映画で観た通りのものだと思って良さそうです。フレディのプライベートを暴露したのは事実ですしね。

「創作」ではフレディの「現実」を超えられないだろう

そもそもフレディの人生が常軌を逸して波瀾万丈なんですよね。映画以上に映画的と言いますか、やはり映画では彼の人生は超えられないんでしょう。

両親はペルシャ系のインド人で、追われるようにしてイギリスへ移住。フレディは「パキ(パキスタン)野郎」呼ばわりされるティーン時代を過ごします。女性のパートナーがありながら、ゲイである自分を自覚する苦悩。バンドとして成功し、最期はエイズによる肺炎で死亡。書きながら涙が出るほどです。

多重のマイノリティを抱え、ゲイへの風当たりも今よりずっと厳しかったはずです。

彼の苦悩と成功へのドラマは、120分で収めるには無理があります。そう考えると2時間とちょっとの尺に何とか収めた所は評価できますね。

これは無茶だとは思いますけど、三部作ぐらいにしたらもっと面白かったんじゃないでしょうか。

ライヴエイドを撮り直す価値

今や伝説となったライヴエイド。それをビッグなスケールで描いたのは良かったと思います。実際の映像は古いということもあり少々退屈なのですよ。カメラワークが悪く、ほとんどフレディしか映りません。

それを再構築し、彼らが見た光景を映像化したというのは充分な価値があります。しかも再現度が高く、ピアノに大量のペプシが乗っかっているとか、ローディらしき人物が柵の上に乗っかって観ているとか、エーオの様子とか。どこからどう観てもライヴエイドです。フレディの起こす波紋は圧巻。

ライヴエイドのシーンは映画の宣伝文句にもありましたしね。まるでその場に居るかのようでした。私なんか、途中で拍手しそうになりましたもんね。

残ったのは喪失感

エンドロールが始まる時私は物足りなさを抱いていましたが、それ以上に大きかったのは喪失感です。「フレディはもう居ない」という事実を痛感させられたからでしょう。

映画としての出来は惜しいところがあるのですが、フレディ不在であるという寂しさが深い爪痕として残ったのです。

再考、やっぱり面白かったかも

そう考えると、結構後を引く面白さがあったような気はします。私は観たその日から映画のサントラを聴いては涙しているのでした。

そのくらいの印象は残しているわけですから映画としては成功、まあまあ面白かったという事にはなるんでしょうね。

ストーリーの大雑把さは各所で触れられている通りですが、音楽ものの映画としての面白さはあります。特に映画館の音響で聞くことに価値があると思いますので、あまり期待せずに観てみるのが良いでしょう。

結論。クイーン大好きおじさんは物足りない。クイーンを知らない若者にとっては面白い。

そういった所で評価の分かれた映画だと思います。ちなみに私はその狭間。

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